iwao's diary

小林巌生のブログ

センサブルシティは都市における企業誘致の切り札となるか

4月になったので、昨年度のことになるが、横浜市経済局の「オープンデータ活用ビジネス化支援事業」という事業NPO法人横浜コミュニティデザインラボ、一般社団法人リンクデータとともに実施した。直接事業には関係ないかもしれないが、まちづくり×ICTという分野で自分がどのように今後振る舞いたいのか、改めて考える良い機会になった。
報告書用に少し考えを整理したので、たまにはブログにも記しておこうと思う。(報告書に記した内容をもとに、ブログ用に書き直しています。)

オープンデータビジネスの3分類

事業では、オープンデータをビジネスへ応用するという視点で、オープンデータが活用しやすい環境について検討した。
 
事業で実施した「第2回ビジネス活用のためのオープンデータセミナー:オープンデータを使ったビジネスモデル」でも講師として登壇いただいた、東氏によれば、オープンデータ活用ビジネスは次の3つの分野に分けられるという。
 
1.付加価値型
2.プラットフォーム型
3.新価値創造型
 
(各分野の定義とその事例については、東氏の講演資料に詳しく紹介されているので参考にされたい: http://www.slideshare.net/yokohamalab/20151020-3
 
付加価値型では、企業は自社の既存のサービスや製品に対して、オープンデータを活用することで付加価値を付ける。多くの場合、利用者のコンテキストに応じて独自の情報とオープンデータ由来の情報を組み合わせて情報提供するような機能が実装されている。
 
プラットフォーム型ではあらゆるデータにワンストップでアクセスできる環境を提供する面サービスが主流となっている。事業スコープにあう関連データを網羅的にデータベース化して、使いやすいインタフェースを実装してサービスする。
 
新価値創造型ではオープンデータをはじめ入手可能なデータを複合的にデータマイニングや未来予測などの価値を提供する。 

使いやすいオープンデータとは?3つの要素

ここからは、ぼくの考察だが、これらのサービスにおいて、いずれの場合もオープンデータにはアクセシビリティ、網羅性、即時性という要素が求められる。
 
アクセシビリティは、データへのアクセスが容易か、データを自社サービスに取り組むための加工コストは低いか、などの観点が含まれる。データモデルの標準化や語彙の標準化などを進めることで、データの相互互換性が高まり、サービス実装側の負担は軽減される。さらに、APIまで整備されれば、企業は独自のデータベースを持たなくとも、サービスを設計することが可能なケースもあり、システム構築にかける投資を抑えることができる。ここで言うAPIは行政が提供する場合、上記オープンデータビジネス3分類のうち、プラットフォーム型サービスによって提供される場合もあるだろう。
 
いずれにしても、ここで見えてくる構造はデータを資源として捉え、化石燃料のメタファーで説明することができる。化石燃料はそのままでは消費者の手には届かず、精製、加工、製品、流通といった過程を経て私たちの手に届くことになる。オープンデータについても同様で、生データ、データクレンジングや構造化、ウェブやAPIなどにのせていく、アプリやサービスでの活用、といった段階に分けて考えることができ、いずれの段階でもビジネスモデルは考えることはできる。
 
網来性はたとえば、A区では存在するオープンデータが、B区では存在しないとなれば、そのデータの利用を前提とするサービス自体の提供可能エリアはA区のみとなってしまう。こうした地理空間的な網羅性と、さらに、テーマ的な網羅性も考えられる。子育てに関するオープンデータを活用してサービスを構築しようとした場合、保育所のデータに加えて、医療機関のデータや公園のデータも組み合わせた方が、より、利用者のニーズに応えたサービス設計が可能となる。こうした観点からテーマ的な網羅性というのも重要となる。しかし、行政の場合は縦割り構造があるので、組織を横断して横串を刺して行く必要があるテーマで網羅性を担保するのは難しいケースもあるかもしれない。ただ、行政によるオープンデータが網羅性を欠いていたとしても、足りないところは企業自らがデータを収集し、補完することで、その分競合他社に対して競争力が持てるということも考えられる。
 
即時性は今後企業が提供するサービス設計においてより重要度が増していくと考えられる。近年、ソーシャルメディアの発達やスマートフォンの普及もあり、消費者の興味関心や消費のサイクルが短くなる傾向にある。企業では突発的なニーズの発火に対してもリアクションできるようなサービス設計が求めらている。
こうした状況の下、オープンデータに対しても即時性が求められる場面は増えてくると考えられる。とくに、刻々と変化するフィジカルな都市空間の状態を数値化し企業へ提供することで、たとえば、仕入れや生産の計画、モビリティの運行計画、催事やイベントの実施計画、各場面での消費者行動へのアフォーダンスの設計などにも大きな影響があると考えられる。ここで想定するような社会は民間だけでは実現するのは難しく、行政による「オープンデータビジネス活用のための基盤」の構築支援が必須となる。

「オープンデータビジネス活用のための基盤」構築の必要性 

行政がオープンデータを推進する目的の一つは経済活性化であるが、オープンデータを本格的にビジネスへ応用するためには具体的な課題も見えてきている。それら課題は大きく別けて次の二点に集約される。環境の未熟、企業の未熟だ。環境についてはすでに述べたとおり、アクセシビリティ、網羅性、即時性という観点からできることを探ることになる。とはいえ、いきなり全方位的に取り組むことは難しいと思うので、まずは、分野を限定する形でもかまわないので、企業との提携など戦略的にモデルケースを構築することが効果的ではないだろうか。
 
静岡市トヨタIT開発センターと提携し、道路の通行止めデータ等のAPI整備を行った。トヨタIT開発センターはカーナビゲーションシステムからAPIを使うことで、従来のVICSによるナビゲーションよりも即時性や精度の高いサービスの試作に成功している。トヨタIT開発センターの立場からすれば、より安全で快適な車社会の実現にオープンデータの活用できるという確信のもと、静岡市との実証事業に取り組んでいる。これは、企業ニーズと行政オープンデータの組合せをコンパクトにマッチングさせ、単年度で大きな実績を上げた好例と言える。こうした、素直な組合せはきっと他の企業とデータの間にもあるはずだ。
 
企業の未熟については、横浜市の経済局の事業では昨年度、数々のオープンデータ関連のセミナーを行ってきたが、既存ビジネスモデルの中で、オープンデータをどう活用できるか発想できる、または、実装できる技術力を持つ企業はまだまだ少ないということがわかってきた。というか、オープンデータやデータ活用に投資しようという企業が少ないと言った方が正しいか。これは、企業に対するヒアリングの中でも感じたことだが、既存企業のエグゼクティブに対しては常にデータ活用の必要性や有効性を理解してもらいたいと思って話をしているが、それが、現行の商習慣やビジネススキームの中で生きる企業に対しては大きな変革を迫ることにもなる場合も多い。いわば、ウェブやオープンソース的な世界感、リーンスタートアップ的な思考の押し売りになるケースだ。そんなことをしても、だれも幸せにならない。
(ただ、年度内10回以上実施したセミナーの中ではも興味を持って個別に連絡をくれる会社もあったり、既にオープンデータを使うようにサービスを実装した企業もあったりと、少しずつ共感が広がっていることはとても嬉しい。)
 
そういうわけで、ベンチャーインキュベーションの強化、既存のデータビジネスの誘致についても積極的に行う必要がある。
 
自治体としてベンチャーインキュベーションに取り組んでいるところは共通した悩みではないかと思うが、起業家に対するインセンティブやモチベーションをどこに求めるかが難しいと感じてはいないだろうか。ぶっちゃけ、金だけじゃないのである(もちろん、金も一要素だけど)。技術力を持ち、未来を切り拓くビジョンを持つ起業家に対して響くインセンティブやモチベーションとは、技術を持ってイノベーションを起こしているという実感に他ならない。自分達の技術が人々の暮らしの質を向上させ、都市の体験の質を向上させる。「自分の思い描く未来がこの都市であれば実現できる」、そのようにイメージさせることができれば、自然と人は集まり、都市の競争力は高まっていくのではないだろうか。
 
具体的には、支援制度的な話、特区的な話、行政職員の熱意、コミュニティの雰囲気、などなど、いろいろと要素があり、戦略的に組合せながら実施していくことになるのだと思う。
 
まちづくり×ICTを推進する情報アーキテクト的な立場から言えば、前述のとおり、都市の状態をリアルタイムで捉え、企業や市民活動にフィードバックできる環境、いわゆる「センサブルシティ」に可能性を感じている。街中のアプリケーションがセンサーやクラウド上のシステム(ここではオープンデータが存分に活用される)とインタラクションし、人々の行動規範に対しても大きく影響を与えるような世界だ。オープンデータやビッグデータはAIとは不可分の関係にあり、これからの世界をリードする産業分野だと思う。AIは将棋や囲碁だけの話ではなくて、都市の中で活かされてこそ。わたしたち一人一人の日々の生活に直接影響するような技術やサービスがもっと発展するために、都市自体がオープンデータやセンサーネットワークの整備にも意識を向けるべきである。
 
最後に、何年か前から噂はあったのだが、先日もニュースになっていた。
「米運輸省、グーグルと「スマートシティ」を推進 7都市で始動」
 
ここで言われているスマートシティは「環境」や「エネルギー」のことだけではなく、もっと、広い概念として言われている。まさに、ぼくが本稿で述べたような世界を実現しようとしているのだろう。
 
ぼくらのグループでも「センサブルシティ」については、研究を進めており、一緒に実践してくれる都市や企業を募集しています。興味があれば、ぜひ、連絡ください。